矯正治療は創造の医療
今回は矯正治療の特殊性について考えていきたいと思います。
医療は一般的に、病気やケガになったところを元の状態に戻すことを目的としますが、矯正治療の場合は、復元すべき「元の状態」というものが通常ありません。つまり、矯正治療は、歯ならびや咬み合わせを、今の状態よりもさらに良いな状態に作りかえる、「創造の医療」なのです。
このことは、一人の患者さんについて、矯正治療の「目指すゴール」や「正解」というものが必ずしも一つとは限らないことを意味します。
患者さんの価値観や要望はもちろんのこと、術者の考え方によっても、治療方針が変わることがあります。
したがって、ある患者さんが素晴らしいと感じた矯正医でも、別の患者さんからは相性が悪いと思われることは十分にありえます。
主治医の先生から説明を受けたことに納得がいかなければ、思い切ってセカンドオピニオンを求めることも、後悔しない治療を受けるために必要かもしれません。
皆さまひとりひとりに、安心して治療を委ねられる先生が見つかることを願っております。
不正咬合で口唇の形がどのように歪むか?
口元の外観の問題が、口元を構成する硬組織(骨と歯)と軟組織(筋肉)の長さの不調和によって起こるということは、前々回のコラムで述べました。
そこで今回は、前歯の位置変化によって口唇の形がどのように歪むかを具体的にお伝えします。
①前歯が前突しても、軟組織の長さに不足がなければ口元の形は大きく歪むことはありませんが、全体的に突出した感じになります。矯正治療で前歯の位置が後退すると若干すっきりとした印象に変化することが多いです。
②前歯が前突し、軟組織の長さに不足がある場合は、下唇を持ち上げるように力を入れて口を閉じるので、下顎のラインに筋肉の緊張による歪みが生じます。矯正治療を行って前歯を後退させても軟組織の長さが足りないような難症例では、治療後も歪みが残ることがあります。
③上の前歯がたくさん前突しているような場合は、口を閉じた時に下唇が上の前歯から押されるため、下方にめくれ上がるように変形します。
矯正治療の検査の際には、閉唇時と弛緩(開口)時の2枚の口唇の写真を撮ります。硬組織の影響をできるだけ排除した弛緩時の口唇の形は、矯正治療後の顔立ちの変化のを見極めるうえで重要な指標となることがあります。
E-iline(エステティックライン)について
口元が出ているなど、横顔の外観に対して不満を持っていらっしゃる方は多いのではないでしょうか。
口元の審美性を判断する基準に、E-lineというものがあります。
これは鼻とオトガイ(下顎の先)を結んだ線で、その線と口唇との位置関係で、口元の審美性を評価しようとするものです。矯正治療における診断や治療予測、治療後の症例評価などに広く用いられています。
どのような顔貌が調和がとれて美しいと判断するかは、人種・性別・年代や社会的背景などによって変わりますが、日本人の場合は、おおよそ口唇の位置が基準の線より2ミリほど後退したところが最も好まれるようです。
見え方はその人の骨格的要素によっても変わります。すなわち、出っ歯傾向で下顎が後退しているような人と、受け口傾向の骨格の場合では、美しいと見える口唇の位置が違ってきます。
また、口元に関する要望は患者さんそれぞれの価値観によっても変わってきますから、矯正治療前に可能な限り治療の目標を患者さんと術者で共有することが望ましいです。
下顎が後退した人(左)は口元が充分下がっていなくても調和が取れたように見え、
下顎が前突気味(右)の人は口唇が下がりすぎると口元が貧相に見えることがある
当院では、治療を始める前の検査および診断で、治療による前歯の位置の変化に伴い、口元のかたちがどう変わるのか、可能な限り正確にお伝えするようにしています。
矯正治療開始前の治療予測の例